亡念のザムド ORIGINAL SOUNDTRACK - TVサントラ
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亡念のザムド ORIGINAL SOUNDTRACK
- オススメ度:

- アーティスト: TVサントラ
- レーベル: Aniplex (music)
- 定価: ¥ 3,675
- 発売日: 2009-07-22
- 内容: CD
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レビュー
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よい。 
さすが大島さんといったところ。
そして、なにより「堕夢人のテーマ」。この曲がすさまじく出来が良い。
ぜひ、聞いてもらいたい。
ある、絵描き。 2010-02-12
慈愛に満ちた音楽の大海原

本編未視聴であるのが唯一つ申し訳ないのであるが、それでもザムドという
独特の作品が持つ空気や、雰囲気のあるジャケットイラストに惹かれ思わず購入。
豪華二枚組サントラであることやブックレットの楽曲詳細その他も充実しており、
そして何より大島ミチルの奏でる壮大で普遍的な泣きのメロディに心打たれた。
やはりジブリ出身監督作だからだろうか。その辺も含め改めて本編を拝みたくなった。
大島ミチルの音楽CDを手に取るのは、実はこれが初めて。しかし本編アニメ
監督の宮地氏も語っている―「この音楽の力に負けない画を作らなければ」。
確かにそれだけの奥深い普遍的引力を本作音楽は持っている。それはいうなれば、
"音で物語を形作る"ということだろうか。その点において本作は非常に優れている。
むしろ本編を観ていないからこそ、例えるなら目を瞑った状態で作品を観ている、
そんな状態で大島氏の音楽を頼りにザムドという作品を探った。詳細に語られた
ブックレットでの監督楽曲解説なども大いに参考になったのだが(難を言えば、
少々クドイくらい本作への愛情を延々語る監督の様が気になったが苦笑)。
豪華パリオーケストラの奏で上げる、奥行きのある迫力のオーケストレーションの
魅力は当然の如しだが、しかし冒頭でも触れた、この上ない慈愛にあふれた
叙情的なメロディに何よりことごとく惹き付けられた。最早ボーイソプラノで歌われる、
「堕夢人(ザムド)のテーマ」の物哀しく、それでいて慈悲深い優しさに満ち満ちた
メロディは未だ延々と脳内を浸し続けている。うろ覚えだが、本作のテーマは人と
人ならざるもの、人であって人でないものの関係性、その境にある葛藤や悲劇性の
ようなものを描いているのだろうか。そういった生命の不思議にも纏わる根源的
テーマは、これまで様々なアニメーションで語られてきた(エヴァしかり、あるいは
デビルマンしかり)。魂がどこへも還れない哀しみ。我を忘れた、忘念のザムド。
そういった内的でありながら同時に広い世界を穿つ奥深いテーマを音楽で表現すると
いうのは、やはり並大抵のことではないだろう。しかし独特の表現力や音的コトバを持つ
大島氏の音楽はCD二枚組という大容量にも耐え得る、聴き応えのある壮大な世界観を
堂々作り上げた。それは静と動の強弱を巧みに付けた、文字通り目に見えぬ音で物語を
象るという大仕事。それを彼女は確かに成し遂げたのだ。一瞬ナウシカなどジブリ作品の
音像が掠める。それでいて、やはり独自の価値観に基づいた、確かに大島ミチルオリジナルの
ザムド音楽に見事、昇華している。時にこの上なく優しく、そして時には勇壮で猛々しく怖ろしい。
まるでどのような姿にも形を変える水―その大海原に乗り出す冒険譚を肌で感じているような。
本当の美しさとは、その世界の両極面をてらうことなく描くことではないかと、ふと思った。
前述の名曲「堕夢人のテーマ」に集約される、本作テーマ。それを中心軸に、幾重にも
織り成す音楽タペストリー。それは時に各キャラクターの心情であり、あるいは、この
不思議に満ちたザムド世界の妖しさや禍々しさであり、躍動する物語そのものでもあり。
それらを介して繰り広げられる全60曲にて、久しぶりに豪華オケの真髄に触れた。
素朴にして真摯。どこまでも広がりゆく世界を音楽の力で堪能して欲しい。
るっこら 2009-11-18
職人性と芸術性の高度の融合

作曲家・大島 ミチルの最新作である。
2007年にパリで録音された60曲の作品が収録されている(尚、一部の作品は、東京において、小編成の室内アンサンブルで録音されている)。
Konstantin D. Krimetsの死後、海外録音の拠点をモスクワ(Moscow International Symphony Orchestra)からパリ(Orchestre des Virtuoses de Paris)に移動して、活動を展開している大島氏であるが、そうした変化にともない、作風を微妙に変化させているようである。
『鋼の錬金術師』や『北の零年』に典型的に示されているように、これまでは、モスクワのオーケストラの特質を意識してだろうか、全体的に重低音を基盤として音響をピラミッド状に構築するアプローチを特徴としてきたが、最近は、中編成のパリのオーケストラの特質を活用して、鄙びた音響を構築している。
Orchestre des Virtuoses de Parisの響きは、それほど洗練されたものではない。むしろ、一昔前の田舎のオーケストラの響きを想起させるものであるが、それは、大島 ミチルという、現代的な洗練に過度に汚染されることのない、純朴さを魅力とする作曲家の作風と良く調和しているように思われる。
とりわけ、こうした『亡念のザムド』のようなファンタジー作品においては、希望や寂寥や勇気等の神話的な世界観をいろどる古典的な感情を過剰な演出を施すことなく、率直に奏でることが何よりも重要となる。
作曲家の挑戦とは、視聴者である子供たちがその年齢で経験しておくべきそうした感情を、そこに現代的なあじつけをくわえながら、魅力的な音楽として具体化するという実に高度なものである。
例えば、この作品を鑑賞していると、そうした職人性と芸術性の融合という意味において、大島氏が実に高度のレベルにある作曲家であることが実感される。
実際、随所に20世紀音楽の技法(例えば、「共犯 逃げられぬ場所」)を活用しながら、適度に苦みのある音楽を生みだしている。
その意味では、この水準の作品が、特に注目を浴びることもなく、あたりまえのように消費されていることに対して、少々驚きを覚える。
ただ、これまで15年程にわたり大島 ミチルの作品を聴きつづけているのだが、個人的には、正直なところ、その音楽がもうひとつこころの深層に食込んでこないことに漠然としたもどかしさを覚えている。
例えば、同じ中堅世代の作曲家でも、千住 明は、『Red Garden』という作品において見せたように、時として、鑑賞者の許容範囲を超え出ようとする生命力をもつ作品を創造する。
それは、千住 明という作曲者が自己の内部に宿している、行儀のいい枠組みに収まりきることのない「凶暴」な部分であるということができるだろう。
そして、実は、そうしたものこそが、作曲家の魅力の核心にあるものなのである。
個人的には、大島氏が、今後、そうした自己の内奥に息づく魔物をいかにして発見し表現するのかということに興味をいだいている。
Norio001 2009-11-05
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